2007年03月10日

文永の役−今日のゴロ合わせ俳句年表

1274年、文永の役。第1回の元寇(げんこう)。

鎌倉幕府中期から後期に、当時ユーラシア大陸を支配していた元が、2度にわたり日本侵略を行なったことがある。これを元寇(げんこう)、別名を蒙古襲来(もうこしゅうらい)という。この戦によって、鎌倉幕府は滅亡へと向かっていくことになるが、1度目の侵略を文永の役、2度目の侵略を弘安の役という。

1274年1月、時の皇帝フビライは、日本征服のため、従属させた高麗に対して日本征伐を目的とした船の建造を命じる。3万5千人の人員と莫大な木材を使い、わずか10ヶ月の間に大型の船200隻、中型の船が350隻、さらにその他の船もろもろ合わせると合計900隻の大艦隊を編成して高麗を出発。

しかしながら、鎌倉武士は元軍の予想を上回るほどの戦闘能力をもっており、死にものぐるいで戦い続ける。そして、元軍は大将格の武将が負傷すると撤退を考え始め、撤退を開始。かくして、何とか第一回目の文永の役は終わりを迎える。

【暗記用俳句】 ♪元寇を 意地(12−)で肘鉄 なし(74)くずす

posted by Super源さん at 23:22 | Comment(0) | 日本史年表
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