2004年、インドネシア西部、スマトラ島北西沖のインド洋で、マグニチュード9.3の大地震が起こる。
【暗記用俳句】 ♪スマートな トラの真下(04)で 大地震
| 1867年(兄0歳) | アメリカ合衆国のインディアナ州ミルビルで、兄ウィルバーが3男として誕生する。 |
| 1871年(兄4歳、弟0歳) | 父親の職場の転勤に伴い引っ越したオハイオ州のデイトンで、弟オービルが5男として誕生する。 |
| 1889年(兄22歳、弟18歳) | アメリカの若者を中心に流行(りゅうこう)していた新聞作成を兄弟2人で行なう。兄が記事を書き、弟が印刷機を組み立てて印刷した。 |
| 1892年(兄25歳、弟21歳) | 自転車が流行(はや)り出すと、2人は新聞作成に見切りをつけ、自転車店を開く。後には、販売だけでなく自転車の修理も行なうようになる。 |
| 1895年(兄28歳、弟24歳) | オリジナルブランドの自転車製造を開始する。 |
| 1896年(兄29歳、弟25歳) | ドイツ人の飛行研究家オットー・リリエンタールが飛行実験の際に墜落死(ついらくし)したことを知り、飛行機の開発研究に興味を抱(いだ)く。 |
| 1899年(兄32歳、弟28歳) | 航空関係(こうくうかんけい)の資料(しりょう)を読み漁(あさ)り、本格的に飛行機の研究を始める。翌年にはグライダーの実験を開始する。 |
| 1901年(兄34歳、弟30歳) | 有人グライダーが完成。その過程(かてい)で垂直尾翼(すいちょくびよく)の必要性を発見。また、200種の翼型(よくがた)を試験し、アスペクト比が大きい方が空中に支持されることを発見。その他、それまでの飛行に関する理論をくつがえした。 |
| 1903年(兄36歳、弟32歳) | 12月17日、ノースカロライナ州キティホークにて、世界初の有人動力飛行(ゆうじんどうりょくひこう)に成功する。 |
| 1904年(兄37歳、弟33歳) | 兄ウィルバーが、初の周回飛行(しゅうかいひこう)に成功する。 |
| 1906年(兄39歳、弟35歳) | 2人で申請(しんせい)していた「飛行機械」が特許登録(とっきょとうろく)される。翌年、飛行機販売のため、ヨーロッパを訪問する。 |
| 1908年(兄41歳、弟37歳) | 兄ウィルバーは、8月にフランス、弟オービルは9月にアメリカで、米軍向けに初のデモフライトを行なう。順調(じゅんちょう)だった矢先(やさき)の9月17日に、弟オービルが操縦(そうじゅう)する2人乗りの飛行機の右プロペラが突如(とつじょ)壊れ、墜落(ついらく)する事故が起こる。このとき、同乗(どうじょう)していた軍人が死去(しきょ)し、オービルも重傷(じゅうしょう)を負う。 |
| 1909年(兄42歳、弟38歳) | 兄ウィルバーがイタリア、弟オービルがドイツでデモフライトを行なう。同年、ライト航空会社(こうくうがいしゃ)を設立し、ウィルバーが社長になる。 |
| 1910年(兄43歳、弟39歳) | スミソニアン博物館(はくぶつかん)から第一回ラングレー・メダルを受賞(じゅしょう)。展示飛行専門のライト・エグジビション社を設立(せつりつ)する。 |
| 1912年(兄45歳、弟41歳) | 5月30日、兄ウィルバーが腸(ちょう)チフスで死去(しきょ)。 |
| 1913年(弟42歳) | オービルがライト機最初の水上機(すいじょうき)モデルの実験を開始する。 |
| 1915年(弟44歳) | ライト社を売却(ばいきゃく)。翌年、他社と合併(がっぺい)される。 |
| 1928年(弟57歳) | オリジナルの1903年型ライト・フライヤーを、イギリスの科学博物館(かがくはくぶつかん)展示(てんじ)のため輸出(ゆしゅつ)する。 |
| 1943年(弟72歳) | オービルが認定(にんてい)したライト兄弟の伝記(でんき)『ザ・ライトブラザーズ』が出版(しゅっぱん)される。 |
| 1948年(弟77歳) | 1月3日、オービルが心臓発作(しんぞうほっさ)で死去(しきょ)。同年12月に、1903年型ライト・フライヤーがイギリスから帰還(きかん)。この飛行機は、今日までスミソニアン博物館(はくぶつかん)に展示(てんじ)されている。 |


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